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幸せな人生を生きたい。

更新日:2020年3月12日

たった一本の違い。


<幸せな人生>とは、世界の万人に共通する願いに違いない。


それなのに、なぜこうも幸せの実感なく、嘆きながら生きる人が多いのだろう。幸せについて、長い間多くの人々が真剣に考え、取り組んできた筈なのに、なぜ、世界は人々に容易に幸せな人生を許してはくれないのだろう。

幸せに関する沢山の蔵書や知恵、私たちに幸せを齎してくれるべき沢山の物、技術、おいしい食べ物。沢山の素敵な場所、イベント、人との出会い、繋がり、経験。こんなに沢山のものをあり余るほど享受しながら、私たちは、なかなか<幸せな人生>を実感できない。


漠然と皆が、<幸せ>とはこうあるべきだというアイディアを持っている。しかしながら、<こうあるべき幸せ>には、得てして実体がない。生まれ育ったあらゆる環境条件に於いて、<幸せ>の定義は極めて相対的だ。自分が幸せに感じる事が、隣の人にとって幸せとは限らない。

その人の物の見方、価値観などによって、これほど千差万別な解釈が生まれる曖昧な観念は、それでも世界の万人が欲してやまない。

私たちが<幸せ>だと感じたものが次の瞬間には色褪せ、もっと他の<幸せ>を追い求める。手に入れても、手に入れても、心の底から安心できる<幸せな人生>は、なぜか遠い。



私は、多分、幼少の頃から自分の<幸せな人生>について、相当考えてきた。

3世代同居の6人家族の中で、複雑に絡み合う個性的な6本の糸。それぞれの糸には、それぞれの物語がある、色がある。それらをほぐれない様に束ねる為の1人1人の役割や葛藤、妥協、容認、そして喜びを常に敏感に感じ、洞察した。


中でも、最も理解しがたい纏めにくい糸は、いつも自分自身であった。“こうあるべき家族像”を崩さない様に、頑張って周りの期待に応え、表立って反抗もしなかった。家族の願う幸せの為に。それが自分の<幸せ>となるべきだった。

ところが、心にはいつも形容できない灰色のアメーバーを感じていた。

場所を変えても、パートナーを得ても、創作活動をしていても、”こうあるべき“がいつも付き纏って、アメーバーが心をざわつかせた。アメーバーは、私の挫折感や不安、羞恥心、自己不信、自己嫌悪なんかを喜んで、どんどん巨大化していった。



私がヒプノセラピーと出会ったのは、不思議な縁だったと思う。自分にとっての”こうあるべき“<幸せな人生>を模索しての事だったけれど、数々の催眠セッションを実施していくうちに、ふと、氣付く瞬間があった。

つまり、人間関係、病気、悪習慣などの原因を理解し、改善したいと願って私の元を訪れる多くのクライアントさんに確実に共通する項目は、「辛い」、でも「<幸せな人生>を生きたい」というごく当たり前の事だという事に。



セッションでは、潜在意識レベルで<辛い>事の根本原因を突き止め、それを理解し、認め、許し、氣付きや学びを得て手放し、体験などが齎した自分への否定的な影響を、肯定化する作業を行う。この作業を通して、<辛い>体験が、自分の精神的、霊的な成長の為には必要不可欠だったという事に氣付く。不思議な事に、氣付きによって色々な症状が劇的に改善される場合が多い。


自ら体験した<辛い>出来事は、氣付きのプロセスを経て、自分や他人への理解力を深め、共感性を高める為の素晴らしい道具として用いていく事ができる。

悩み苦しんだ<辛い>体験に、無駄が1つもなかったという学びを得る。心に平穏を取り戻し、感謝を抱き、喜びを噛み締める。

「人は、自分自身が体験した事と向き合う事でしか成長できない」というのは、<辛い>体験ほど強烈に身に染みる。それは、ずっと後になってから分かる事が多いけれども、催眠セッションを通して、私はその理解を早めるプロセスをお手伝いしている。



セッションの最中にクライアントさんの流す涙は、透き通る朝露の様に健気で美しいと思う。こんなにも苦しかったんだ、悲しかったんだ、辛かったんだと思う。それが癒されて、代わりに潜在していたシンプルで偉大な喜びに変わる時、目尻から幸せの泉が湧いている様に感じるのだ。


<辛>から<幸>へ。たったの一本線の違い。

たった一本なのに、インパクトはとてつもなく大きい。しかし、両者はコインの表裏の様に切り離せない。片方がなければもう片方の真価が理解できない。どちらの面を見るのか。起こった出来事に、どんな意味付けをしたいのか。


たった一本の線を引くプロセスは、自分が氣付いて、意識的に行うしかない。

結局、周りの状況も、世界情勢も、自分の体験も、起こった事、起きていく事は自分の力ではどうにもならない。ものも、手に入れた瞬間から別のものへと興味が移り、自分に永続的な満足はなかなか与えてくれない。

自分の外にばかり目を向けて、自分の幸せを自分以外の場所に求めたり委ねたりしていても、期待通りの<幸せな人生>は決して起こらない。


自分自身で、自分の心の中にその力強い一本の線を引く事のできる自由さ、柔軟性、意志を持っていなければいけないと思う。そして、それは、万人に可能な事だ。



私が、「自分の人生の幸せには、自分で責任を持つ。自分の幸せの為に表現していく」と決心した時、長年心に住みついていた巨大なアメーバーが、金色の光に変わった。そして、自分の人生が、始めから何の狂いもなく<幸せ>だったと悟った。


The Prayer #267, 59x95cm, 2016

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